次世代環境船舶開発センター

The History and Future

06 ゼロエミッション時代への船舶開発

チャンスであり、ラストチャンスでもある

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国際海運のGHG排出削減戦略の概要

いま、世界の造船業界は「2050年ネットゼロ」というかつてない規模の構造変革の真っただ中にあります。IMO(国際海事機関)による温室効果ガス(GHG)排出規制の強化は、単なる燃費効率の向上ではもはや対応できないフェーズに突入しました。2030年代以降の新造船には、ライフサイクル全体のGHG排出量を考慮したゼロエミッション燃料の採用と、それに適応した船舶設計が必須となります。

国際海運GHG排出削減戦略の概要

注)上段、下段の両図とも、Sea JAPAN2024年用に作成したGSCオリジナルの図(パネル展示情報)

船舶燃料のライフサイクル全体のGHG排出量(Well to Wake)

ゼロエミッションへの技術的要請 〜船舶開発の再定義

新時代に求められる船は、従来のLNG燃料船のような“過渡的ソリューション”を超えた完全ゼロエミッションを目指す設計です。これに対応するには以下のような多面的な変革が必要です。

変革 詳細
燃料転換対応 価格や供給量の点で競争力が期待される、低GHG強度のアンモニア、メタノールといった代替燃料それぞれに適した燃焼制御・燃料供給システムの構築
LNG燃料船は、燃料を低GHG強度のメタンに切り替える
機関室・燃料調整室
設計の刷新
従来の油焚きディーゼルエンジンベースから、新たな燃料の特性に合わせた安全設計・配置設計の再構築
制御系統の統合 全制御・冗長性設計・ガス漏洩検知などのリスクマネジメント機能の高度化
船舶機器の再定義 燃料タンク、燃料供給ユニット、補機類(弁、検知器、発電機エンジン、再液化装置、GCU、ボイラ等含む)、アンモニア放出緩和装置等主要機器のすべてが新たな技術要件に基づき再設計される必要があります。

これらを支えるには、「部分最適」ではなく、全体最適=システムとしての船舶設計が求められます。個々の技術者・企業の努力では限界があり、産学官の連携と、横断的・集団的な知識融合が不可欠です。

各燃料の主な特徴と燃料タンクの必要容量(体積比)

  重油 LNG メタノール アンモニア 液化水素
貯蔵時の
状態
常温 −160度〜−140度 常温 −30度程度〜
−10度
−250度程度
メリット 低コスト
扱いやすい
CO2削減
調達しやすい
CO2削減
扱いやすい
CO2排出ゼロ CO2排出ゼロ
デメリット CO2を多く排出 扱いが難しい 体積が大きい 体積が大きい
有毒、腐食性
体積が大きい
扱いが難しい

注)1.重油・LNGは従来燃料、メタノール・アンモニア・液化水素は代替燃料を示す。但し、LNGは、脱炭素への過渡期燃料として評価されており、CO2削減効果もある為、「代替燃料」とみなされる場合もある。
2.棒グラフは、重油を1とした場合の体積比を示しており、「相対的なタンク容量の大きさ)」を比較したもの。[高さと横幅が大きくなるほど、同じエネルギーを得るために必要な体積(燃料タンク)が大きいことを意味している:液化水素は、重油の4.42倍の燃料タンクが必要]。

代替燃料及び原料水素の色分け(生成プロセスの違い)

舶用代替燃料の比較(Well to Wakeベース)

燃料の種類 メリット デメリット
液化アンモニア 直接利用の競合セクターが少なく、船舶燃料として最も潜在供給量が見込める
  • 劇物であり安全面での追加コストが必要
  • 万一の漏洩時の悪臭に対する港湾周辺住民への配慮が必要
  • 温暖化効果が大きいN2O排出対策が必要
メタノール 船上での利用機器の追加コストが他の代替燃料船より小さい
  • バイオメタノールは供給量及び生産場所が限定されている
  • 合成メタノールはバイオメタノールよりも高い供給能力が見込めるが、いずれもGHG強度の認証が煩雑となる
液化メタン 既存のLNG燃料船に使える
  • バイオメタンは供給量及び生産場所が限定されている
  • 合成メタンも液化のため追加コストが高く、ガスでの供給に比較して供給規模は限定的
液化水素 水素自体はバイオ燃料以外のすべての合成燃料の原料となるため、生産増が見込める
  • 液化に多大なエネルギーとインフラ整備が必要
  • 船上での貯蔵効率の向上が課題
液化アンモニアやメタノールが有力候補

アンモニア燃料船の安全性に係る課題

注)「各燃料の主な特徴と燃料タンクの必要容量(体積比)」「代替燃料及び原料水素の色分け(生産プロセスの違い)」「舶用代替燃料の比較(Well to Wakeベース)」「アンモニア燃料船の安全性に係る課題」の図式化については、国際海事機関情報、日本船舶技術研究協会情報、日本造船工業会情報、国土交通省情報及び海事関連研究機関等の情報をもとにGSCで要約整理

受注競争における日本の立ち位置〜 迫りくる危機

現実には、既に韓国・中国は新燃料船の受注で大きく先行しています。例えば2024年10月時点での主要な受注シェアは以下の通りです

国名 新燃料船の受注シェア(概略) 主な要因
中国 約60~70% 政府の戦略的支援、系列化されたサプライチェーン、価格競争力
韓国 約20~30% 大手造船3社による集中化、政府の戦略的支援、主要エンジンメーカーとの提携・船価補助(最大10%)
日本 約4~6% 技術力はあるが、提案力・価格力・サプライ体制に課題
人材の限りがあり、個社対応では限界

注)1. 数値の出典は2024年10月クラークソンデータを分析してGSCにて算出。新燃料船は、アンモンニア、メタノール、LNG燃料船等
現在、中国の受注シェアが更に拡大しつつある。

このままでは、建造実績=信頼=次の受注という “正のスパイラル” を他国に独占され、日本は蚊帳の外に置かれる危険があります。

今こそ統合的アクション〜 GSCが果たすべき役割

こうした状況下において、「GSC(次世代環境船舶開発センター)」は、日本がこの変革期に立ち向かうための“技術・情報・人材のハブ”として極めて重要な役割を担っています。GSCは以下のような活動を通じて、日本造船の“巻き返し”を支援します。

主な活動 詳細
新燃料船の設計・開発支援 代替燃料対応船の初期設計思想の構築支援(プロトタイプ設計・評価)
舶用機器サプライチェーン再構築支援 日本の舶用機器メーカーとの仕様調整・実証支援、国内製機器の採用率向上
海運会社・荷主との連携 燃料別ライフサイクルコスト試算(GXフリートシミュレーター)を含む提案活動の支援
国際基準・政策提言 IMO等の国際ルール形成への意見集約と反映、技術安全要件の策定支援
若手技術者の技術力向上 次世代技術者のへの新燃料動向に関する情報発信・提供など

次世代環境船舶開発センター(GSC)の誕生・業界との連携

「チャンス」と「ラストチャンス」の狭間で

新燃料船の市場は、「早期に実績を積んだ国が未来を制する」時代です。つまり、いま動かなければ、2030年以降の主導権は完全に他国に奪われてしまいます。
日本は、かつて「造船立国」として世界をリードしてきた誇りがあります。戦後に培ったブロック工法、ガス船技術、極地観測船などの積み重ねを、「脱炭素」の新時代にどう応用し、転用していくか――それを試されるのが、まさに今です。
これは単なる産業政策の話ではありません。エネルギー安全保障、経済安全保障、そして技術主権の維持という、国の根幹をなすテーマでもあります。

  GSCの活動は、「過去の技術遺産」と「未来の革新」の橋渡し。
いまこの瞬間の選択が、2030年代の産業地図を決定づけます。

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